エビデンスに基づいた保全のためのオープンアクセス教材

この論文では、Harriet Downeyさんと世界各地の保全教育に携わる共同研究者たちが、エビデンスに基づいた保全を促進するために必要なツールやスキルをより広く教えることの重要性を主張しています。

A version of this post is available in English. Translated to Japanese by Tatsuya Amano.

生態学分野だけで毎年12,000以上の学術論文が出版されているのをご存じでしょうか。過去20年で、生物多様性保全に携わる人々は非常に多くの情報を手に入れることができるようになりました。しかし、これらの情報が新たに手に入るようになったことで、生物多様性保全において、より効果的な意思決定が行われるようになったのでしょうか。

近年の研究によって、保全や土地管理に関わる意思決定において科学的根拠があまり用いられていないことが明らかになってきました。その理由としては、必ずしも意思決定者が科学的根拠の利用を避けている訳ではなく、情報を吟味する時間がない、学術論文を手に入れられない、もしくは理解できない等、様々な要因が影響していると考えられています(Rafidimanantsoa et al. 2018; Walsh et al. 2019)。

意思決定においてその他の重要な要因と共に科学的根拠を利用しない場合、不適切な保全対策や意思決定が実行されてしまう、また時間や資源が有効に利用されない等の問題が生じます。例えば近年のレビュー研究によって、大型肉食動物の移植は人間-野生動物間の軋轢を解消する上でしばしば有効ではなく、時に有害でさえあることが示されています。また石油流出の被害を受けた鳥類のクリーニングには多大なコストがかかりますが、この対策は必ずしも被害を受けた個体やその子孫の生存率を向上させないことも示されています

特定の保全対策について多くの研究が行われていても、本当に必要な情報が得られていない場合もあります。例えば、コウモリ類の保全のためにしばしば推奨される対策として、巣箱の設置が挙げられます。しかしながら、コウモリ類の巣箱利用を調査した研究は数多く存在しているものの、本当の意味で重要な情報である、巣箱の設置が個体群にどういった影響を及ぼすかは、ほとんど明らかにされていません。そのため、巣箱の設置が本当にコウモリ類の保全に有効な対策であるのか、まだ確かなことは言えないのが現状です

bat box_all
開発によって影響を受けているコウモリ個体群を保全するための対策として、様々なデザインの巣箱の設置が推奨されているものの、必要とされている個体群レベルでの効果を明らかにした研究はほとんど存在していない。

エビデンスに基づいた保全では、科学的根拠を先住民族や地域住民の知識、経験と合わせて利用し、また利用可能な資源や政策上・経済的制約も考慮に入れることで、より効果的な意思決定を支援することを目的としています。

エビデンスに基づいた保全を適切に行うためには、科学的根拠とその他様々な知見や制限要因に関わる情報をどのようにして入手し、解釈・適用するのかを理解することが必要となります。しかしながら、このような内容が大学学部や大学院教育、また専門的能力の開発コースでの主題となることはなかなかありません。次世代の保全管理に携わる人材は、エビデンスに基づいた意思決定の手法とエビデンスを統合することの価値を深く理解し、また批判的な思考を備える必要があると言えるでしょう。保全教育に携わる我々がこれらの問題を今、教育課程の中心として扱わなければ、現在の学生による将来の生物多様性保全に対する効果的な貢献を望むことはできないでしょう。

そこで本論文では、世界各地で保全教育に携わる人達が協力して、エビデンスに基づいた保全に関する重要な技能の教育を支援するためのオープンアクセス教材を作成しました。これらの教材は(日本語を含む)複数言語に翻訳されて、Applied Ecology Resourcesに収蔵されています。

これまでに、23カ国、145の大学学部・大学院教育、また専門的能力の開発コースに携わる117人がこの問題の重要性について同意し、エビデンスに基づいた保全についての講義を既に行っているか、これから行おうとしています。エビデンスに基づいた保全について広く教育していくことは今後益々必要となるでしょう。また、このようなオンライン教材の提供は、特定の課題を幅広く教育課程に取り込むために有効な手段となるでしょう。将来的にはこれらの技能が生物多様性保全のみならず他の分野においても主要な教育内容となることが望まれます。オリジナルの教材はこのリンク(http://bit.ly/Evidence-in-Conservation-Teaching)からダウンロードすることが可能です。

まだ翻訳できていない言語にもこれらの教材を翻訳してくれる人を探しています。もし興味がある方は是非Harriet Downey(hd438@cam.ac.uk)までご連絡いただければ幸いです。

Ecological Solutions and Evidence Issue 2:1に出版された論文全文はこちらからご覧ください:“Training future generations to deliver evidence-based conservation and ecosystem management

One thought on “エビデンスに基づいた保全のためのオープンアクセス教材

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s